私ごとではあるが、五十数年、学び続けている学問ではあるが、その学びにはスジがとおっていると思う。 今、私が問いかけ続けている展望も、新たな操体、行く先々の道筋に導かれているようだ。 私が取り組んでいる操体とは、そ […]
すでに学びの道筋は、通っているのですから、まずそれに従って教え導いていけばよいのです。 私の修業当初、何があったのかというと、まず言葉ありで、操体ウンヌンというものではなかった。 「哲学」的なことばかりであった。 […]
どんなご縁あってのことか、とにかく、私は操体を学びにくる人達とは、すごい人だなあと思っているんだ。 すごいと思っているけど、まだ磨かれていないのだと思う。 今まで生きてきた中で、また学んできた中で、また実践してき […]
師(橋本先生)は来る者をこばまず、去る者を追わずであった。 遠方はるばる来訪する。目的があってのことだろう。 その目的を遂げれば去っていくだろうし、居続ける者もいるだろう。 私は、先生の指示で東京で開院したが […]
一風変わった変人、奇人。 現代医学の医師なのにドロップアウトしてしまった橋本先生。 一般市民なのだが、強い意志と信念を貫く生き方は、変人、奇人である。 私自身も、どこか似ていないこともない。 操体をなぜ学 […]
いつもながら私自身のことを語れば、五十数年前、チャリンコに乗った一人の初老の紳士に出会ったことが、この道に入った、きっかけである。 その紳士が、たまたま医師であったこと、そこで学んだことが操体であっただけのことである […]
今日から三浦が担当します。 操体を初心者に説明する。 何から手をつけたらいいのか。 しばらくの間、ペンを取らずに漠然考えを巡らせていた。 初心者といっても、まったくの素人もいれば、医師でありながら、職業を明かさ […]
「楽と快はちがう」どう違うのか、そして動診と操法にどう快の問いかけを生かしていくのか、そして「感覚を重視しろ」と話されたこと、これは運動分析から感覚分析への転換を求めているのであった。そのことを書き示したのが、この処女作 […]
それだけ予約が入っていたということは診立ても、臨床の腕も上がっていたのであろう。 しかし、自分の時間は極端にそがれていた。 まさに酸素不足のコイだ。 では脳ミソが腐らぬ手段はと考える。そうか、自分が学んだことを本にすれば […]
私は当初、臨床の世界で生きていくとばかりに思っていた。 しかし、橋本先生の哲学を学んでいくうちに、何かそれは違うなと思いはじめる。私が30代の半ば、仙台の先生から電話がかかってきた。 佐助*、患者ばかり診ていると「脳 […]