2018年7月

三浦 寛(みうら ひろし)
学びつつ、ヒビいてくること7

筆まめな人とは 誰かを思い 誰かのために 費やす時間を何よりも贅沢な至福の時間だと想っている     あなたにとって誰かとは誰なのでしょうね。   一週間三浦が担当しました。ありがとうございました。   blog.tei […]

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三浦 寛(みうら ひろし)
学びつつ、ヒビいてくること6

アシンメトリーとは非対称のことである バラバラに散らかされているようで全体として見事に調和が取れていること   対称とは全体が見事に調和されているようで、実はバランスが取れていない 対称とはからだの動きからとらえてみると […]

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三浦 寛(みうら ひろし)
学びつつ、ヒビいてくること5

何かに向けて取りかかるとその段階で仕事の半分は終わっている 何かに向けて取りかかるとは、すでに下準備が完了しているということだ   学び続けている中で その学びの貯蓄にふさわしい言葉と発想が必然として生まれてくるものなの […]

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三浦 寛(みうら ひろし)
学びつつ、ヒビいてくること4

孤独こそ 異常な好奇心と創造力を生み出すものである 孤独だから学び続けていくことができる   しかしそれは、学ぶことが成熟したヒトだけが到達できる境地なのかもしれない   孤独を知らない人は品がないともいわれる 孤独を味 […]

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三浦 寛(みうら ひろし)
学びつつ、ヒビいてくること3

  従来の操体には大いに不満がある   明かすべきことも封印しているからだそれに気づかぬ者は自分を偽り続けて学んでいることになる。   しかし本人は今のまんまであり続ければ必ず危機が来る、存続できないそんな危機感も感じな […]

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三浦 寛(みうら ひろし)
学びつつ、ヒビいてくること2

操体法とは 臨床もどき 治療もどきのもどき加減ではない 哲学である   その哲学とは 生命哲学である この世界の生命観、宇宙観を学ぶことなのだ。   ただのもどきに終始しても操体は理解できないだろう。 橋本先生はどう見て […]

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三浦 寛(みうら ひろし)
学びつつ、ヒビいてくること

今日から一週間、三浦が担当します。   からだの無意識が認識している中心と 本人の思考が認識してしまっている中心には誤差がある   生命のロマンは人生のロマンにつながり 操体のロマンにも密接につながっている   性のエネ […]

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