「楽と快はちがう」どう違うのか、そして動診と操法にどう快の問いかけを生かしていくのか、そして「感覚を重視しろ」と話されたこと、これは運動分析から感覚分析への転換を求めているのであった。そのことを書き示したのが、この処女作 […]
それだけ予約が入っていたということは診立ても、臨床の腕も上がっていたのであろう。 しかし、自分の時間は極端にそがれていた。 まさに酸素不足のコイだ。 では脳ミソが腐らぬ手段はと考える。そうか、自分が学んだことを本にすれば […]
私は当初、臨床の世界で生きていくとばかりに思っていた。 しかし、橋本先生の哲学を学んでいくうちに、何かそれは違うなと思いはじめる。私が30代の半ば、仙台の先生から電話がかかってきた。 佐助*、患者ばかり診ていると「脳 […]
今、そして、操体史が大きな変動期を迎えている。 それを仕掛けた張本人は、私である。 どんなにすばらしいことであっても、時代の流れとともに、弊害がうまれてくるもので、師の後につづいて学ぶものは、必ず「見直し」が必要 […]
今、学びの中で思うことは、当時の私は、次々に変化し生まれかわっていく操体法の連続史のど真ん中いたということである。 ハイ、わかりました。と言ったものの、雲をつかむようで、何のことかわかるはずがなかったのである。 そのヒビ […]
入門し3年、4年と月日が流れる。 先生の診療が終わり、先生と火鉢を囲み、お茶を頂く。 「こんな難しいことに首を突っ込んでよく学んだな。しかし一生愉しめるぞ」 と言われる。 患者には「簡単な」ことと言い、私 […]
今日から三浦寛の担当です。よろしくお願いいたします。 「私の操体史」が今回のブログのテーマになっている。 私の操体史は、橋本敬三先生の操体史に重なるもので、その史観は私の生命観で有り、人生観である。 私が先生 […]